ナントレポート

フォル(熱狂)状態の中で光った円熟の至芸と清新な快奏

柴田克彦(音楽評論家)

祭りの愉しさと終了後の切なさ……それを感じることができるのは、祭りが普通に行われてこそだ。コンサートと取材に明け暮れる怒涛の日々の後に襲われたのはそんな思いだった。
フランス西部の都市ナントのラ・フォル・ジュルネ(LFJ)は、1995年に始まったいわば本家。コロナ禍の3年間も縮小して開催された─その点は素晴らしい─が、今年遂に本来の規模に戻り、1月31日夕方から2月4日までの5日間に、9つの会場で300近い公演が行われた。
15年ぶりに訪れたLFJナントは、入場時のチェックが俄然厳しくなっていた。だが場内は初日の開演前から大盛況で、「フォル(熱狂)」状態が終始続いた。
今年のテーマは「オリジン(起源、ルーツ)」。民族音楽、楽器や形式の起源、国民楽派、パイオニア的な作品等が主眼だが、ナントのLFJは今回30回目ゆえに、これまで登場した様々な音楽を見直すバラエティに富んだ内容が企図されている。
ナントの公演は多くが小規模の会場。従って器楽奏者が中心をなす。筆者はいわゆる“純クラシック”を中心に聴いた。まず際立ったのがベテラン・ピアニストたちの円熟の至芸だ。中でもアンヌ・ケフェレックの演奏は感嘆の一語。彼女は、モーツァルトの「ジュナミ」協奏曲で品格漂う珠玉の名演を展開し、バッハなど1685年生まれの3人の作曲家を軸としたリサイタルでも滋味深い音楽を紡いだ。さらにはアブデル・ラーマン・エル=バシャが、ラヴェルの協奏曲を軽やかに奏で、エルミール弦楽四重奏団とのシューマンの五重奏曲で絶妙なバランス感覚を発揮。今年79歳のブルーノ・リグットも余情漂う熟達の妙演で酔わせた。
若いピアニストでは、ナタナエル・グーアンが、生気溢れる「展覧会の絵」を聴かせ、弦楽四重と組んだミヨーの「世界の創造」で近代フランス音楽との良き相性を示した。もう一人、マリー=アンジュ・グッチが光彩を放ち、難儀な演目のリサイタルやラフマニノフの協奏曲第3番で高い技量と豊かな表現力を知らしめた。
ヴァイオリンでは、やはりベテランのオリヴィエ・シャルリエがラヴェルやエネスクで奥深い好演を披露した。若手の星はリヤ・ペトロヴァ。芳醇な音色と流麗な音楽で魅せた彼女は、今回最大級の収穫だった。
グループではサクソフォーンのエリプソス四重奏団が妙味十分。表情の多彩さや大らかさが日本の団体とはひと味違う。LFJ名物の民族音楽系では、地中海沿岸の伝統楽器演奏が実にエキゾティックなカンティクム・ノーヴム、多様な言語で歌う不思議なア・カペラ・トリオ、レ・イティネラントが印象的。また、ダイナミックな表現で唸らせたピアノの福間洸太朗、雄弁な名奏で惹きつけたチェロの上野通明など、日本人の活躍も光っていた。
彼らのほとんどは東京のLFJにも出演するので再び巡り会うのが楽しみだ。そして昨年より規模を増して20年目を迎える東京で、フォルな祭りの愉しさと甘酸っぱい終焉の切なさをまた体感できるのが嬉しい。

ラ・フォル・ジュルネがアーティストからも愛される理由

小室敬幸(音楽ライター)

パリから少し小ぶりな飛行機に乗って、窓からフランスの田園風景と雲海を眺めることおよそ1時間。着いたのはヨーロッパで初めて信仰の自由を認めたとされる1598年の“ナントの勅令”でその名を歴史に刻む古都ナントだ。フランスの西部、ロワール川をはじめとする数々の河川の合流地点に位置したことから、長らく貿易の拠点として発展した都市だという。

この地でラ・フォル・ジュルネという新しい音楽祭が産声を上げたのは1995年のこと。つまり2024年は30周年という記念すべき節目となった。パンデミックの最中もナントでは縮小して開催が続いたというが、今年は従来の規模が復活。5日間にわたり、250を越えるコンサートが開かれた。

東京でのラ・フォル・ジュルネと異なり、ナントでは全ての演奏が屋内でおこなわれるため、東京以上に赤い八角形の特設ステージにおけるキオスクコンサートの存在感が大きい。例えば4日目(土曜)には全部で13団体も出演。わずか15分の休憩を挟んで多彩な音楽が鳴り響き続ける。有料公演の会場に入っていなければ、メイン会場であるシテ・デ・コングレのほとんどの場所から聴くことが出来るのだが、週末ともなるとキオスク周りの席は常にいっぱい。アーティストの有名無名・プロアマ・音楽のジャンルを問わず、沢山の聴衆が熱心に拍手を送り続けていた姿が忘れ難い。

アマチュアでは多様な編成の吹奏楽の数々(フルートオーケストラ、クラリネットクワイア、ブラスバンド、シンフォニックバンド、ドラムスやベースも加わったポピュラー寄りのバンド等など)が、週末の賑わいに負けじと大音量で響きわたり、曲目のバラエティも豊かで特に面白かった。一方、プロたちはホールでの有料公演と同じ楽曲を演奏することもあったが、小編成の場合はキオスクではマイク付きとなるので、それに合う曲目に変えたり、聴衆参加型の演奏にしたり、会場を歩き回りながら演奏したりと、キオスクならではの工夫を凝らしたパフォーマンスで、有料公演とは違った魅力を発揮。言い換えれば同じアーティストのちょっと角度を変えたパフォーマンスを2度楽しめるのだ! こんな音楽祭、やっぱり他にはない!

それにしても何故、この音楽祭には魅力的なミュージシャンがこんなにも集まるのだろう? もちろんプロデューサーであるルネ・マルタンの存在が大きいのは間違いない。でもそれだけでもないことが、東京にもやってくるヴァイオリニストのリヤ・ペトロヴァ(1990年ブルガリア生まれ、現在はパリ在住)のインタビュー中に体感できた。ホテルのロビーにあるテーブルで話をうかがっていると、彼女の話が日本語に通訳されている僅かな間にも、次から次へと知り合いが訪れて彼女に声をかけていくのである。どうやらソリストとして世界中を飛び回るミュージシャンにとって同業者や業界関係者と再会したり、食堂で賑やかに会食したりできる貴重な機会としてラ・フォル・ジュルネを楽しみにしていることも多いようなのだ。

ラ・フォル・ジュルネが他にはない幸せな雰囲気に満ちており、唯一無二の特別な音楽祭であり続けられる秘密。それがちょっとだけ理解できるようになった気がした。