作文コンテスト・似顔絵コンテスト
優秀作品発表

ラ・フォル・ジュルネ(LFJ)日本初開催となった2005年の公式サイトにて、読売新聞社が募集した「私とベートーヴェン」と題した作文を掲載しました。
また、2020年にもコンテストを行うべく募集をしましたが、残念ながら開催が見送られてしまいました。4年ぶりの開催となる今年、テーマ「ベートーヴェン」を題材に、〈作文〉と〈似顔絵〉を再びみなさまから大募集しました。
募集期間中、バラエティに富んだ数々の作品を多数ご応募頂きました。この場を借りて感謝申し上げます。ありがとうございました。
その中から厳正な審査の結果、優秀作品を選定いたしましたので、発表いたします。

※2020年にご応募いただいた〈作文〉と〈似顔絵〉は今回のコンテストに自動的に再応募とさせていただきました。
※応募された作品は音楽祭期間中、ガラス棟ロビーギャラリーに掲示いたします。また、公演番号111<キッズのためのオーケストラ・コンサート>内でスクリーン映像に映し出されます。
※入賞者の皆様には、事務局より直接ご連絡をさせていただきます。

作文コンテスト優秀作品

★LFJ賞 (2作品) ★

賞品: ホールA/[315]公演2名様分

夫婦のメロディー

小松崎 有美 さん

 音大卒の夫。結婚式場に響き渡るその曲はベートーヴェンのロマンス第二番。緊張をほぐし、幸せを編むようなその調べに会場中が酔いしれた。もちろん新婦の私もそのひとり。だけど何だか夫の方を見れなかった。恐くて、切なくて、愛おしくて。
 夫は耳が聴こえない。電車のベルも地震の警報も。出会った当初は補聴器をつけて何とかやり取りができた。しかし歳を追うごとに彼の耳は少しずつ、しかし確実に聴こえなくなっていった。失ったのは聴力ばかりでない。趣味。仕事。そして信頼。耳が聴こえないことは不便と誤解を生み、彼のもとから一人また一人と大切な人が去って行った。
 彼を勇気づけたもの。それはベートーヴェンの生き様だった。夫は中途難聴というベートーヴェンに自分を重ね、決して希望を失わなかった。あの素晴らしい第九を作った時すでにベートーヴェンは聴力を失っていた。音がなくてもハーモニーは作れる。そうやって夫はベートーヴェンから勇気をもらい、曲作りに励んだ。五線譜を前にシャーペンでリズムを刻む。そのトントンという音が再出発の号令みたいだった。ついに努力が功を奏し、夫の曲がピアノコンテストで使われることになった。弾き手はYさん。長年夫を慕い、応援してきた女性だ。彼女は最近ピアノを始めたばかりでまだ経験値は少ない。それでも毎日明け方まで必死で練習をした。コンテスト当日、夫は遠くからYさんを見守った。彼女も緊張から何度もミスを重ね、結局思った通りの演奏ができなかった。しかし夫は拍手と笑顔で彼女を迎えた。
 その帰り道、難聴について夫はこう語った。
「可哀想じゃない。難聴でも曲を作るのは楽しい。曲を弾いてもらえるのも嬉しい。ただひとつ後悔があるとしたら君の奏でるメロディーが聴こえないことくらいかな」
 途端に胸を詰まらせ、ぐっと上を向いたYさん。涙がこぼれぬよう必死にこらえた。
 Yさんは、私だ。

ベートーヴェンとシュローダーと私

ペンネーム:らいら さん

 高校生のころに夢中で読んだコミック『PEANUTS』に、天才音楽少年シュローダーが登場する。彼はベートーヴェンを崇拝し、トイピアノでピアノソナタを弾く。12月16日にはベートーヴェンの胸像を前に、彼の聖誕祭を祝う。シュローダーに想いを寄せる女の子ルーシーは、自分がまったく相手にされないことに怒り、ピアノを洗濯機に入れて壊してしまう。ふたりのやりとりは可笑しくて、特にお気に入りの場面だ。私はずっと不思議だった。作者のチャールズ・M・シュルツさんは、ピアノで有名なショパンやリストではなく、なぜベートーヴェンを選んだのか?
 ピアノを習っていた幼少期から、ベートーヴェンの音楽は重たい印象でとっつきにくかった。私はラヴェルやドビュッシーの音と色彩が好きなので、なおさらだ。でもある日、『月光』聴きたさに手に取ったピアノソナタ集CDで、最初に流れてきたピアノソナタ23番『熱情』に衝撃を受けた。それからベートーヴェンのピアノソナタを聴いて過ごし、交響曲や協奏曲も片端から聴いた。コンサートにも通った。関連書籍を読み、語学番組『旅するドイツ語』を見た。
 今では私も立派なベトオタクとなり、12月16日にはケーキでお祝いしている。ふと思い出し、かつての疑問を検索してみた。『シュルツさんがベートーベンをシュローダーの芸術神に選んだのは、シュルツさんがBで始まる言葉を面白いとおもっていたからです。(スヌーピー公式サイトより)』と書いてある!特に意味はなかった?
 けれどその意図を飛び越えて、今、シュローダーのせりふが染み入るように理解できる。ベートーヴェンは偉大な作曲家であり、孤独な人や創作者、芸術を愛する人に寄り添う友なのだ。音楽の授業などで得たベートーヴェンのイメージで敬遠している方がいたら、もう一度聴いてほしい。2020年、多くの方がベートーヴェンと再び出逢う良い機会になりますように。

★特別賞 (1作品) ★

賞品: LFJナント2023公式グッズ1点

俺とベン

ペンネーム:ざきじゅん さん

 僕が六年生の時、隣町から音楽の先生が赴任した。強面な表情からついたあだ名はベン。目と目のあいだに力が入り、どこかにらみつけるような表情はベートーヴェンそっくりだった。
ベンは校内でも恐れられた。無愛想で、ぶっきらぼう。挨拶をしても頭を下げるだけで普段は口をきゅっと結んでいた。
あれは卒業式まで一ヶ月を切った時のこと。僕はベンに呼び出しを食らった。何だか嫌な予感がした。リコーダーのテストに合格していないのは僕だけだったから。案の定ベンは「俺がみてやる」と言った。寝耳に水どころか、ホースでも突っ込まれたくらいの衝撃だった。
放課後ベンと二人きりの音楽室。当時生徒の間では『放課後になると音楽室のベートーヴェンの目が動く』と言われていた。だけどそれ以上に怖かったのはベンの存在だった。演奏中僕の指先を見つめるまなざし。僕は恐怖で指先が震え、奏でる音までもかすかに震えた。だけどベンは何も言わなかった。何も言わずただ指先をじっと見ていた。こうして二時間の特訓の末ついにその時がきた。何とか最後まで吹いた『喜びの歌』。だけど一番喜んだのはベンだった。ぐっと下がった口角を上げて「よくやった」と言った。僕はそんなベンに驚いて、思わず目を丸くした。だってあのベンが笑うから。だってあのベンが褒めてくれたから。気づけばジンクスのことはすっかり忘れていた。ベンに褒められたことが嬉しくてリコーダーを吹きながら下校した。ランドセルが開いていることなんか忘れて。
あれから二十年。ベンと過ごした校舎はなくなり、一昨年ベンもこの世を去った。しかし僕の心には今も僕を見つめるベンの姿が残っている。その目には少し光るものがあった。確かに、あった。その涙を思い出し、安堵し、なぜだろう、少し泣けてくる。

似顔絵コンテスト優秀作品

★LFJ賞 (2作品) ★

賞品: ホールA/[315]公演2名様分

似顔絵

タク さん

似顔絵

フジオユウマ さん

★特別賞 (1作品) ★

賞品: LFJナント2023公式グッズ1点

似顔絵

おぎわら ひであき さん