LFJ2023アンバサダー ふかわりょう氏が就任

今年も、ふかわりょうさんにラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2023 アンバサダーにご就任いただきました。ふかわさんには、2020年にもアンバサダーをお願いしておりましたが、新型コロナウイルスの影響で、惜しくも開催中止となってしまいました。今回はそのリベンジの意味も込めて、アンバサダー就任を再び依頼し、ご快諾をいただきました。

以下は、2020年にフランス・ナントで開催された「La Folle Journée 2020」の熱狂を体感したふかわさんの現地レポートです。

ブラボーの実

「ナントの雨はすぐ乾く」という言葉を信じて傘もささず歩く私を、髪を乱した男が睨みつけています。スタッフ・パスに牽引されてたどり着いた会場に立ち込める、さながらロック・フェスのような熱気。

「ようこそ、ラ・フォル・ジュルネへ」

 そう言って笑顔を見せる紳士は、このイベントの創設者にして音楽監督のルネ・マルタン氏。握手を交わすと、日本からのフライト疲れに気づかないふりをしてコンサート会場に向かう金曜の夜。見上げると、先ほどの男がまた睨んでいます。開演前のざわめきが拍手に変わり、ステージに現れたのは日本人のピアニスト。周囲から彼の名前が飛び出すと、世界レベルの演奏に手が赤くなりました。今夜は一公演だけにして、翌朝。私はセンター・ステージを囲むベンチに腰を下ろしていました。VOCES8の優しいコーラスが体を通過するひととき。オーディエンスとのコール&レスポンスのレベルも高さに感心していたら、場内は次から次へと人の波が押し寄せ、身動きが取れないほどのランチタイム。天井から吊るされた男の表情がさらに険しく見えます。

 純粋にベートーベンの曲を演奏する公演もあれば、彼の曲をモチーフにアレンジした演奏も多く、スティール・ドラムの楽団や、ラテン風味のジャズトリオ、アコーディオンを交えたアンサンブルなど、あちこちで有名なメロディーが様々な風味で盛り付けられる、音のご馳走。ラ・フォル・ジュルネ2020は、ひとつのテーマがむしろ自由度を高め、ベートーベンがカラフルに彩られています。そして、事件は起こりました。

 無数にあるプログラムの中で、絶対に欠かしたくない演目のひとつ、ピアノ協奏曲「皇帝」を聴いていた時です。楽章間に思わず叩いてしまいそうな手を抑え、大好きな2楽章、そして3楽章へと進みます。やはり音源で聴くのとは違い、ベートーベンの優しさと勇ましさが生々しく伝わるホール。アルゼンチンのピアニスト、ネルソン・ゲルナーの圧巻の演奏が終わった時です。

「ブラボー!!」

 自分でも驚きました。私の口から、発せられていました。人生初めてのブラボー。その声は群衆のホイッスルや歓声の中に消えて行きましたが、確かに自分から発せられたものでした。いや、発したというより場内のエネルギーが私の体を介して飛び出てきたような感覚。朝からたくさんの音を体感し、ついに現れた、ブラボーの実。

「ごちそうさまでした」

 その後、食事を挟んでいくつか演目を堪能すると、もう23時。そろそろホテルに戻る時間。こんなにも音を浴びた一日はあったでしょうか。すっかり満腹になって会場を出ると、しとしと雨が降っています。

「次は、東京でな」

 あの男と目が合いました。ロアール川に架かる橋を歩いて行きます。傘をささずに。

LFJ2023アンバサダー
ふかわりょう